大丸さんでは、できるだけネタの神さまに目をつけられないように、目立たないようにしていたのです。そのおかげで大ネタに出くわすこともなく無事オープンできたわけですよ。最近ちぐはぐ続きのたぬきにしては上出来です。

さて
大丸さんの搬入口のところにですね、お稲荷さんがありました。京浜いなりと言います。大正３年の勧進だそうで、むかしここに京都株式取引所だかなんだかがあって、そこのおいなりさんだったとかです。ともかく、搬入口の真ん前なんです。嫌でも目に入りますので、なんとなく気になってました。
それにしてもですね。こんなふうに街のいたるところに動物神やら精霊やらをお祀（まつ）りするようすは、キリスト世界のかたから見れば不思議だろうなぁ、とか、思ってました。そうです。自分はどっちにいるのでしょうか。不思議がるほうか、不思議がられるほうか、どちらでしょう。

えんまんじさんはこうゆうのは得意ですねぇ

なかじの中島さんの感想です。デパートはどこも増築につぐ増築で、特に地下は迷路です。なんども迷うかたもありますが、わたくしはあまり迷いません。「こうゆうの」は得意かもです。とか、そんなことはどうでも良いのですが、搬入口からノースへ至る迷路の中間の納品受け付けに大きな業務用冷蔵庫があります。もう相当昔に据えられたままであることは、その傷だらけのボディを見ただけで分かります。最初はそいつがいることに気がつかなかったですが、なんどもその前を通るうちに、その凶暴な雰囲気が気になっていました。そいつはこんな貌（かお）をしています。

さて
ソフトクリームサーバーが行方不明になっておりました（カウントダウン大丸７参照）。その探索のために、わたくしと中島さんとマスダ店長さんで朝早くから迷宮に進入です。エレベータで８階へ上昇します。

（たぬき）どこにあるのか分かってるのですか？
（なかじま）いいえ、よくわからないのですが、ともかく８階なのだそうです

８階は社員食堂のあるフロアなので、この時間は誰もいません。中島さんはエレベータを降りてまず右へ向かいます、分かってるのでしょうか。最初の分岐で、あたりを見渡して、また右です。分かっていないとか言ってるくせに、足取りに迷いがありません。

（なかじま）あ、これではないでしょうか、ああ、これです
（たぬき）ほんとかよ！

通路の奥に荷物を載せた台車がたくさん集まっています。その一番手前の台車にサーバーは載っていました。とか、そんなに、すぐ見つかるものでしょうか。ていうか、このひとはこうゆうひとでしたよ、忘れてました。ともかく３人でサーバーを地下１階へ引き込みました。問題はそれからです。

ノースの厨房の床は売り場の床から１０センチほど上がっております。そこへ、どうやってサーバーを持ち上げるか、です。サーバーは３００キロのヘビー級です。しかも、すでにひとりがこのサーバーの下敷きとなったといういわくつきです。そんなことを中島さんが淡々と話します。わたくしは恐怖しました。ああ、これかぁ！　これが大ネタなのかぁ！　わたくしは、すでに家具の下敷きとなっておりましたし（鉄ばか掲示板参照）、納品場のまがまがしい冷蔵庫も、この状況のネタふりだったに違いありません。ダンボールで荒々しくくるまれたサーバーは、きっとあの冷蔵庫のような凶悪な顔つきをしているのです。ああ、わたくしも、とうとう３００キロのサーバーの下敷きとなってしまうのです。とか恐怖している間にですね、ちょうど居合わせた現場監督さんと設備工事主任さんと中島さんとで、サーバーを上げる段取りがついていますよ。サーバーにはコロが付いていますので、平らなところならば、簡単に押していけるです。つまり、厨房入口にベニヤ板で坂を作って押して上がる作戦です。そんなにうまくいくのかよ！　と見る間に斜路ができあがりまして、分担も決まってます。わたくしは監督さんと下から押し上げる分担です。中島さんたちは厨房側から引き上げる係です。って、なんでわたくしが下側なんだよ〜！
　

（監督）それじゃ行きますよ！　そうれ！　止まらない、止まらない、止まっちゃだめ！

（バリバリバリ！）

ベニヤ板がサーバーの重量で割れます。サーバーがこっちへ傾いてきます。ああ！もうだめぽ！。必死の形相のたぬきです。

（監督）ああ！　押して！押して！押して！

（ガコッ！）

引っ掛かりました。こんどは向こう側へサーバーが傾いています。ああ〜良かった！これでこっちへは倒れないよ！　向こうで中島さんたちがなんだか喚（わめ）いています。おかまいなしに押しまくりです。

（ドコッ！）

（なかじま）入りましたぁ

もう手を放しても大丈夫なはずです。そっと手を放します。止まっています。信じられません。こんなに素直に入ってくれるなんて。納まるところに納まったというか、こいつは元々ここへ入りたかった、という感じです。う〜ん、大ネタは回避されたのでしょうか。
バラバラに押しつぶされたベニヤ板の残骸を拾おうとしているとき、なんだかあたりがザワつきます。顔を上げると、陰陽師（おんみょうじ）の阿倍清明（あべのせいめい）のようないでたちの神主さんがズカズカ現場に踏み込んできます。わたくしには状況が飲み込めません。陰陽師の後ろには半ダースほどのダークスーツ姿のデパート幹部がつき従っております。どちらも現場に不似合いです。神主さんはノースの前で立ち止まると、一瞬宙をにらんで、お米をパッと撒（ま）きました。大きな烏帽子の錦糸がキラキラと美しく輝きます。次に、榊（さかき）を力強くバッバッと払います。バッバッと音がします。ああ、神主さんだぁ。ようやく状況がわかってきました。これは上棟式かなんかの神事なのです。でも。こんなことは定例で聞いてないです。消防検査と保健所の検査しか知りませんよ。驚いているたぬきの前で、神主さんは深々と一礼しました。つられてわたくしもおじぎします（あほです）。神主さんたち一行は、無言のまま立ち去りました。なんだったのでしょうか。でも、なにか、邪悪なものがあったとすれば、それが払われたような感じはしましたこと確かです。ていうか、わたくしが払われてしまったような気がいたしました。いったい、わたくしは、どっちにいるのでしょうか。払うほうでしょうか、払われるほうでしょうか。ダンボールを剥がしてみると、ソフトサーバーはそれほど凶暴な顔つきでもありませんでした。ともかく、こうして、今回、大ネタは完全回避されたのでした。